2017年12月27日水曜日

事例の解説を作文する

観察、聞き取り調査、出来事の詳細などについて、自分が扱いたいものごとの現実でのあらわれかた、聞き取りデータのなかの語られ方(じっさいの語りの一部分)など数量化して示すことの難しいものごとや語り手の意識を、事例として示します。事例を示すことのメリットは、現実社会やそこに生きる人の手触りある質的なデータを生き生きと示せることです。

事例は基本的にどのような示しかたになっているか、よい事例の示しかたがどんなものかについては、なんでもいいので事例が載っている社会学・人類学の論文をみてみることが必須であり近道です。講義や実習、ゼミで参照した論文、卒論集、参考文献で自分がみた論文の事例など、数多くの事例の示し方をみておくと自分で事例の入った論文を作るコツを掴めます。

使用上の注意点:
以下の①〜⑥をひととおり読み、全体の工程を理解しイメージしてから作業をはじめる。全体を読まずにいきなり①からやっていかないこと。よくわからないときには、ゼミや実習などの友だちに聞いて相談しましょう。

① どのようなインタビュー聞き取り、あるいはどのような観察調査をして、それらのデータを得たのか
② そのデータを集めた目的、どのような結果の予測や仮説(見通し)があったのか。なにを分かりたいためにその聞き取り/観察をしたのか
③ 得られた聞き取り(語り)データ、観察データのなかのどのような部分を抜き出して囲い内に示したのか、その抜粋の方針を書く。囲い内にアンダーラインを施した箇所があれば(あったほうがよい)、どのような基準に基づいてアンダーラインを施したのか、その着目点を明らかに
④ 事例データ(囲いの中)について、詳しく読解する。テキストデータの表面を読んだだけでは分からないニュアンスなどの補足解説。たとえば聞き取りデータなら、囲いの前後でインタビュアーとのこういうやりとりがあって、そのあとでこの語りが出てきたという前後文脈説明、あるいは語りのなかに出てくる言葉で読者は分からないローカル・タームや人物・場所の解説
⑤ 個別の囲いデータ(観察/聞き取り)についての説明を書き、複数の囲いデータについて同様に説明したあと、それら複数の語りデータ、あるいは語りデータとほかのデータとの組み合わせから、総合してなにが言えるのか
⑥ 当初②の結果予測・仮説および着目点に照らしてみれば、どうだったかという考察

これらの①〜⑥についてのていねいな解説文を作文しましょう。

図表の解説を作文する

質問票だけではなく、観察、聞き取り調査についても、自分が扱いたいものごとの傾向を示すために、数量化してカテゴリ別の分布を示すことのできるデータを図表化します。図表化することのメリットは、指摘したい傾向が「一目瞭然化」できることです。

図表は基本的にどのような造りになっているか、よい図表がどんなものか、については、なんでもいいので図表が載っている社会学の論文をみてみることが必須であり近道です。講義や実習、ゼミで参照した論文、卒論集、参考文献で自分がみた論文の図表など、数多くの図表をみておくと自分で図表を作るコツを掴めます。

使用上の注意点:
以下の①〜⑥をひととおり読み、全体の工程を理解しイメージしてから作業をはじめる。全体を読まずにいきなり①からやっていかないこと。よくわからないときには、ゼミや実習などの友だちに聞いて相談しましょう。

① どのような観察、質問票、あるいは聞き取り調査をして、それらのデータを得たのか
② そのデータを集めた目的、どのような結果の予測や仮説(見通し)があったのか
③ データをどのように整理・加工してその図表ができたのか
④ その図表をどのようにみればいいか、どこになにが書いてあるか、みたい現象についてどのような傾向が図表のどこから分かるか(図表から誰もが直接読み取れること)
⑤ 図表からわかる傾向は、なぜ出てくるのかという(図表から直接読み取れない)解説
⑥ 当初②の結果予測・仮説に照らしてみれば、結果はどうだったかという考察

これらの①〜⑥についてのていねいな解説文を作文しましょう。

2017年11月29日水曜日

ヒントをどのくらい拾えるか

じっさいに実習やゼミでみなさんのようすをみていても分かりますが、3年生は、不安が大きくなってくる時季かと思います。年明けから春休み前には、就活と卒論という、二大難事業が待ち構えているからです。どちらも、勉強(情報収集によって準備をすすめる)をすればするほど、不安は小さくなります。この場合の勉強でやることは、まず図書館・インターネット・雑誌や新聞、そして人に会って話をすることなどによる情報収集と、自分なりの整理のことでしょう。

この、①情報収集と、②自分なりの整理との2つは、地味だけど、どんなときにでも応用が利く基本中の基本作業で、これができる(習慣化されている)とできないのとでは大違いなのです。以下の話も、読み進んでいくとこのことに関連してきます。

なにをしていいのか分からない、ということ自体が悩みになっている人が多いようですが、結果なにもしないのではムダな時間です。なにかやるしかないでしょう。なにかやってもなにをしていいのか分かるようにはならないという人は、やる量が足りないか、やり方がちょっと的外れか、どっちかです。

大学受験のときに「傾向と対策」を経験した人も多いかと思います。情報収集によって出題形式や傾向を分析し、それに合わせた練習を重ねる。そのガイドが参考書・問題集、高校や塾や予備校の教員だったはず。就活も卒論も、大学受験とのちがいは目的とガイドを自力で探さなければいけない、という点です。

就活については大学のキャリアセンター、卒論についてはゼミ教員(私)がガイドとして存在します。しかし、この人たちはあなたに逆に「どういう方向に行きたいの?」「どういうことに関心があるの?」と聞いてきます。かれらはあなたの目的とニーズに合わせて、かれらの専門性を発揮したガイドをくれます。

大学3年生で自分の関心、自分の行きたい方向を自分で掴むのはかんたんではないでしょう。でも特殊な能力は必要ありません。やり方としてはやっぱり、王道の「①情報収集と、②自分なりの整理」しかないのです。書かれた情報や人と話した情報の収集(input)を着々とすすめることと、それを整理してノートに言葉や図表にしておくこと(output ver.1)。これを自分なりに考えながらやることと、さらに、ノートに書いた内容をもう2、3歩すすめて「人に説明して、分かってもらえる形」にしていくこと(output ver.2)。そういう地道な作業を繰り返している人はいろいろできるようになっていきます。

なにができるようになるかというと、自分の目的(やろうとしていること)やニーズ(なにを知りたいか、助けて欲しいか)を相手をみて表現できるようになるので、ガイドを上手く使えるようになって、ますますinputの要領も掴めるし、outputも上手くなります。俗に言う「コミュニケーション能力」です。このことが卒論にも就活(試験・面接)にも有利にはたらくのは明らかです。ばくぜんと不安を抱いて時間をすごさないで、そういう努力をしてください。「言われたことをやる」姿勢だけでは、じつはどこにも行き着きません。そもそもあなたたちが考えを示さない限り、こちらからもなんのガイドしようもないのです。

5年以上前の話です。当時、勤めていた大学で知り合った大学生が就活で悩んでいました。自己アピールができないというか、思いつかないのだということでした。かれは「自分にはなにもない」と、ばくぜんと悩んでいました。あとは、東京で就活したときに接した周りの就活大学生の雰囲気にちょっと嫌気がさしていたこともあったようです。私はまず、「就活ノート」を作るように伝え、なにがアピールできるかをいきなり考えるのではなく、ノートに自分が大学時代にやったことを50、箇条書きで書き出すように伝えました。例えばその50のなかから、大事だと思われたものを選考して半分残し、それらひとつひとつの意味をどのように人に説明できるか(なぜやったのか、やってどうだったのか)を考えてまたノートに書きます。就活面接ネタ帳の出来上がりです。あとは、就活先によっていくつかのネタの組み合わせでストーリーを作って、ということをやっていけばいい。実績(実際にやったこと)をもとに話すことと、やったことに意味をつけて他人に説明できることが重要なだけで、スペシャルな実績が必要なわけではありません。その後かれは就活を無事終えます(この人です)。

就活面接は、場数を踏めば要領も徐々に掴めてくるので小さな失敗はその先への練習だと思って気にしない(失敗しない就活はない)。就活のこころがけは、別のエントリにもすでに書きました。

ところで私が常々思うのは、就活にしろ卒論にしろ、なぜだかわかりませんが「アンテナを立てていないかんじ」のする人が意外と多いことです。とても狭い意味で「自分に直接関係のあること」だけを拾っていこうとすると(たとえば、××さん、と自分が名指しされたことだけ反応していると)、多くのヒントを逃してしまうことになります。

私は教員としてはいいかげんなほうなので、ゼミでほかの学生の発表をまったく聞いていない風の学生がいても、その「態度の悪さ」だけで叱るようなことはあまりしません。面倒だし時間のムダだからです。ある人がアドバイスを受けているとき、自分とトピックやテーマはちがっても、自分にも同じように調査方法や論文の書き方で分からない共通のポイントが出てくるのです。そのとき拾えるヒントがあるかもしれないのに、ほかの人の話だと決めつけて聞いていないことで先々時間の損失をします。そういう姿勢だと、就活と卒論で過ぎていく4年生の1年間がどんよりしたかんじになりやすいので、気をつけた方がいいと私は思います。

うすうす直感しているかもしれませんが、就活も卒論も、いまのみなさん自身の身の丈ジャストのままでは手に負えない活動で、どちらも取り組みを通して成長していく(やりながら学習していく)活動だと思っています。ここで言う学習とは、その都度の自分の達成したことを自省的に分析し、次に備えることです。卒論も就活も、成長する前に強制的にスタートしなければならないので、最初は勇気だけは要ります。

4年生のみなさんをみていると、成長を感じる人ほどその成長の波にうまく乗って結果的にいろんなことを処理できています。特別に自分に向けられていない情報からもヒントを拾ってinputできるし、相手の意見や立場を想定したoutputも上手になってきます。だから、いまの自分の身の丈ジャストのまま、自分宛に発信される情報だけ受信する姿勢のままではなく、もう少しアンテナを立てて、周囲の情報からもヒントを拾っていくという努力や工夫が加われば、事態は好転していくと思います。

というわけで、ヒントをどのくらい拾えるかが勝負だと思っています。就活も卒論も、みなさんそれぞれのニーズ(興味のあるキャリアの方向や研究の関心)を把握したうえですすめる個別のプロジェクトなので、大学受験よりも数段複雑なのです。みなさんひとりひとりの求めに、ゼロから対応している時間は、じつはこちら(ガイド側)にはありません(∵ みなさんの人数>>ガイド人数)。

そして、卒論も就活もゼロからではなく3か4からスタートしないと、ゴールの10まで行き着くことは難しい。4年次の初めにゼロからスタートするのでは、ちょっと間に合いません。その時点で3か4程度のポテンシャルがあれば、自力で考えて、多少へたくそでも人に自分のやろうとしているプロジェクトを説明できます。3年次までの大学教育のカリキュラムは、その3か4までの力がつくように組まれているのです。そこまではみなさん自身も責任を持たなきゃいけません。

この事情(基礎の部分は自力で)は、卒業してから先もすべてそうです。なんであれ、ゼロから10まで教えなきゃダメそうだな・・・という人を、あなたが面接員なら採用したいとは思わないでしょう。採用したら面倒そうだから。

もう分かりましたよね。3か4から10までガイドすることはできますし、それはゼミ教員の役目(あるいはキャリアセンターの役目)だと思っています。そこまでは、自分でやるしかないのですよ。「なにをやったらいいのか迷っています」という相談は「どう迷っているのか、なぜ迷っているのか教えてください」というこちらの質問から始まるのです。

//////////////////////////////////
※ 180105追記
書き忘れていましたが、ゼミの卒論集は最大の参考書です。卒論とはどんなものかというゴールをイメージするのにも、卒論の全体構成はどうなっているのかも(各卒論の目次)、自分で集めたデータをどのように整理して論文に組み込むのかも(各卒論の図表や事例)、ここから学べます。それでも分からないことを、ゼミで処理すればいいのです。

2017年11月13日月曜日

先行研究レビューはなんのため

文献の検索、文献の勉強のしかたについては、過去にも述べました。こことか。

今回の講義でした話は、それと重なる部分もありますけど、そもそも文献レビューはなんのためにあるのか分かっていない人も多く、それでは論文を読むときにも書くときにも差し支えあるので、どういうことなのか分かってもらうためにお話ししました。

論文の基本構成(フォーマット)は把握していると思います。研究目的、対象と方法、本論、考察と課題、の4部構成だというアレです。研究テーマと、研究目的とはちがいます。前に研究目的とはなにか、についても書きましたが、あれだけだとかんちがいする人も出てきました。研究テーマと研究目的とをまったく同一のものと捉える、というかんちがいです。

そのかんちがいでなにが困るのか。あなたのテーマが「教育による社会移動のアスピレーション形成」だとします。私が「では、研究目的は?」と聞くと「はい、教育による社会移動のアスピレーション形成について明らかにすることです」と答える、こういうやりとりにあらわれます。問答になっていません。

研究テーマ = 研究目的、ではなく、研究テーマ > 研究目的、なのです。つまり、研究目的は、研究テーマのなかでもなにをどのように明らかにするか、さらに具体的に絞り込んでいなければなりません。先行研究レビューは、テーマを目的まで絞り込むためにあります。以下、具体的に説明します。

テーマは多少の大きさを持っておいてもいいのですが(但し「環境問題について」などデカすぎるものはダメ)、実際に自分で調査して、あつめた情報を整理して分析するとなると、現実問題(予算、時間、労力)からすべてをカバーすることはできないはずです。だから研究目的は、調査の実現性という事情から絞り込まれる面がないわけではありません。しかしただできない調査を消し、できることだけでやる、という安易な目的の絞り込みだけでは、「その目的にどんな意味があるのか」と問われたときに、あなたの事情を話すだけになってしまい、とても説得力が弱い(同情を買うしかない)。

そこで、研究目的の妥当な絞り込み方を考えなければいけない。そのテーマのもとには、いろいろなサブ・テーマ要素が考えられるはず。これを思いつく限り書き出す。また、そのテーマで調査をするとすれば、対象や方法としていくつかのものが考えられるはず。それらも書き出す。そうして書き出されたものたちが、あなたの研究をどうすすめるかの具体的な選択肢です。サブ・テーマにせよ対象や方法にせよ、意識的に、妥当なものを選び、それらが妥当であるという道筋を示さなければ論文は説得的になりません。

関連文献をさがします。それぞれの関連文献は、あなたの書き出したサブ・テーマやアプローチ、対象・方法のなかのどれかを採っているか、あなたの想定していなかった選択肢を採っているかでしょう。

ところで、あなたは自分のテーマ(タイトルになるようなもの)やサブ・テーマについて、どのような視点で、どのような関心を持っているか、コトバで説明できますか?論文を構想している段階では、それはまだうまくコトバになっていないことがほとんどです。

探し当てた関連文献をひとつひとつチェックしていきながら、自分の関心に近いと思えるものや、自分のイメージしていたのとはまったく別の視点からアプローチするものなどがみえてくるでしょう。このときに「受け身の勉強」つまり自分を無にして内容を理解する・覚える、という態度では文献に呑まれて終わります。自分の関心を捕まえる、という意識で読む。自分の関心を、他人(文献)との比較で相対化・客観化して把握することを目指すのです。

そういう地道な作業が先行研究レビューの第1歩です。そうすると、さきほどの「選択肢」のなかで自分の採るべき途も見えてきます。人がすでに研究したものは避ける、という選択もいいですし、人もすでにやっているが、しかしそれを自分はちがった方法でやる、などと、同じサブ・テーマを別の角度から深めていくという選択でもいいと思います。

複数の先行研究を読み進めていくうちに(少なくとも3〜5は読まないとダメです)、自分の書き出した箇条書きが再整理されていくことになるでしょう。自分がやみくもに書き出した箇条書きのどれにどの文献が入る、という単純な仕分けだけでは整理とはいえない。人に説明するための文章を作文するのですから。

基本的に、ひとつのテーマあるいはサブ・テーマについて、アプローチの違いからA対B、あるいはA、B、C・・・の異なるアプローチがある、というように整理できるはず(言うまでもなく1つしか読んでいないとこれはムリ)。このうち自分はどれに近いか、どれをどのような対象と方法とで深堀したいか、それはなぜか。

そのようにして、自分の関心を人との比較で相対化する、ということを、頭のなかでやるだけではなく文章として整理して書くと、レビューになるのです。学部生ではやや難しいけど卒論では避けて通れないし、大学院生はこれをできなきゃいけません。

箇条書きでまとめます。

  • 研究テーマ > 研究目的
  • 研究テーマを、より具体的な研究目的に絞り込む理由付けが先行研究レビューだ
  • 研究テーマは、サブ・テーマに分割したものを箇条書きで書き出す
  • 同じテーマやサブ・テーマでちがった対象や方法を採ることを想定し、書き出す
  • そうしてできた選択肢のなかから自分が採るべき途を決めるために関連文献をさがす
  • 関連文献をチェックしながら、自分の関心をコトバ化、文章化していく
  • その過程で、テーマやサブテーマについてこれまでどのようなアプローチが採られて来たかを整理する
  • 以上の作業を通して、選択肢を絞り込んでいく。その絞り込みかたの妥当性が「先行研究レビュー」として示されるものとなる

以上は、論文を「書く」ときの参考に、だけでなく、「読む」ときの参考にもしてください・・・「書く」人の目線で論文を読みましょう。

2017年10月11日水曜日

2017 地域社会学:参考文献

2017年度後期の院「地域社会学」のテーマは「Uターン=地方への人口還流」です。主要参考文献を、以下にリンク(★)とともに掲げます。講義で取り上げるたびに、付け足していきます。

  • 赤枝尚樹[2010]「居住地における都市効果の再検討:非通念性の規定要因に関するマルチレベル分析」、『日本都市社会学会年報』28巻、pp.237-252. 
  • 江崎雄治[2007]「地方圏出身者のUターン移動」、『人口問題研究』63巻2号、pp.1-13. 
  • 岡田 真[1973]「人口Uターンの実在をめぐる論争」、『地理学評論』46巻08号、pp.656-667. 
  • 轡田竜蔵[2011]「グローバリゼーションのなかの地元志向現象:社会的包摂モデルと社会的排除モデルのあいだ」、『KG/GP社会学批評』別冊、関西学院大学大学院社会学研究科、pp.119-129.
  • 黒田俊夫[1978]「人口移動の新しい展開 : 日本における人口移動の構造変動」、『日本大学経済科学研究所紀要』、pp.97-110. 
  • 鈴木広編[1978]『コミュニティ・モラールと社会移動の研究』、アカデミア出版会
  • 狭間諒多朗[2017]「地域社会におけるU・Iターン者の意識:全国調査を用いた計量分析」、『年報人間科学』38巻、pp.121-138. 
  • 安田三郎[1971]『社会移動の研究』、東京大学出版会
  • 安場安吉[1989]『日本経済史8 高度成長』、岩波書店.
  • 山下祐介・山口恵子[2007]「地方都市におけるファミリーコースの変遷と都市空間の再編・変容:津軽地域/弘前市を事例に(二)」『人文社会論叢(社会科学篇)』第17号、弘前大学人文学部、pp.81-129. 
  • 渡邊勉[2012]「大卒者の地域移動 : 関西学院大学社会学部卒業生調査の分析(7)」、『関西学院大学社会学部紀要』115号、pp.1-21. 
  • 白石壮一郎・羽渕一代[2016]「条件不利地域普通科高校の高卒後の移動と地元定着:青森県下北郡北通の同窓会調査から」、『人文社会科学論叢 人文科学篇』第35号、pp.49-95. 

2017年8月18日金曜日

地域社会学卒論集 2015-2016

ちょっと前になりますが、ゼミ1期生と2期生あわせて10人分の卒論を印刷・製本した『地域社会学卒論集 2015-2016』(約400ページ)ができました。

内容はけっこうバラエティに富んでいて、読み応えあります。各論文には、私のコメントもつけています。卒業研究の参考書としては絶好かと思います(ゼミ選びの参考書にも)。

読みたい人は、現役のゼミ生に見せてもらうか、2冊だけ実習室に置いてあるのでそれを読むかしてください。そのうち、大学図書館にも所蔵してもらう予定です。どうしても自分のものが欲しい場合には、相談してください。

2017年7月18日火曜日

リスク社会化(U. Beck)について

講義の最終2回分では、後期近代の特徴について、社会学者のふたつの代表的な議論を紹介しました。先週はギデンズ(Anthony Giddens)の「再帰性の徹底」。今週はベック(Ultich Beck)の「リスク社会化」でした。

ベックは前期近代においては富の再配分(そしてそれをめぐるコンフリクト)が問題だったのに、後期近代においてはリスクの再配分(そしてそれをめぐるコンフリクト)が問題となる、と言います。どういうことか。これを説明します。

まずはリスクという概念です。リスクという語自体は、日常語として使われています。でもそれは、危険という言葉とほぼいっしょの意味で使われています。しかしベックの場合、「リスク」は危険とはちょっとちがった概念だということがポイントです。

簡単に言えば、(1)後期近代における「リスク」は従来の「危険」に比べれば、見えにくいこと(不可視性)、そして予測や計算が難しいこと(計算不可能性)が大きな特徴です。また、(2)これらの「リスク」は、社会・経済・科学技術が発達することによって生じるものであることも重要です。従来は、社会・経済・科学技術が発達することは、さまざまな危険や不確実性を回避する方向だと思われていたからです。

もうすこし説明を加えましょう。まず(1)で述べた不可視性計算不可能性についてです。よく使われる例はテロや環境についてのリスクです。私たちは高度に情報化された世界に生きています。「テロリスト」はもちろんそれらの情報を駆使し、ときには操作しつつ「テロ」を実行します。「テロ」事態の発生や「テロリスト」の存在がメディアを通じて報じられる一方で、われわれからはもちろん「テロリスト」が何処にいるのかはまったく見えません。次回の「テロ」についての予測もできません。

環境リスクについては、2011年3月11日以降のわれわれはよく知っています。放射能は目にみえません。もちろんガイガーカウンターで数値として可視化できますが、しかしその数値がどのていどのリスクなのかは、専門家でも意見の分かれるところです。メディアがリスクについての情報を流します。それをわれわれが受容します。けれど、リスクの程度がガイドラインで示されたにせよ、どう対処すべきかは誰も示してくれません。

「テロ」も原発事故も、次の点で共通しており、ベックの言う「リスク」としての特徴を備えています。基本的には発生を制御することが困難です。発生したかどうかも、被害・影響が大きく派手でない限りは実は分かりにくい(爆弾テロではなくサイバーテロなどの場合、原発「事故」ではなく放射能「漏れ」であった場合を想像してください)。また、発生してからの影響が複雑であるゆえに、影響甚大であるが計算不可能であること。

さて、次に(2)で述べた点です。前期近代、とりわけベックが「単純なモダニティ」の典型とみた19世紀における古典的近代性は、ともかく人間文明の進歩は自然環境の征服・馴化の歴史であり、科学的な知識は自然を制御するためのもの、という思考を持っていた。つまり「自然」は人間社会にとっての「危険」や「不確実性」を体現していた。しかし人間のつくりだした産業社会は自然を囲い込んで、その「危険」も「不確実性」もほぼ内部化してしまった。どちらもゼロには絶対にできないけれど、予測し、計算することで回避したり補償したりすることができるようになった。保険というビジネスを考えてみてください。

しかし、高度に発達した科学技術は新たな「リスク」を生み出すことになった。情報化社会のもとで「テロ」はより複雑なものとなり(もっともメディアで報じられるもののなかには、この時代にしては不可解なほど単純なものもありますが)、科学技術の発達は原発の制御不可能なリスクを生じさせた。言い換えると、従来の「危険」は「自然」などと同様「すでにそこにあった状態(外在的)」だったけども、後期近代の「リスク」は「近代社会の活動が生み出した状態(内在的)」だというわけです。

こうした状況のなかでは、たとえば環境リスクを考えてみれば分かるのですが、「自然」は見えないリスクの運搬者となります。風や水は放射能を運びます。生鮮食品もさまざまなリスクをわれわれの食卓に運んでいるかもしれないのです。こうしたリスクのあり方は、3・11後の「風評被害」でわれわれがみたように、不安を社会全体にもたらすのです。

冒頭に戻りましょう。前期近代の富の再配分から、後期近代のリスクの再配分へ。こうした変化のなかで、政治の役割も変化します。富の配分の調整、つまり富や資源(予算)をどのように配分し(どこの、なにに使うか)、「いかに社会や経済を発展させるか」を決めていくのが政治のほとんどだったのが前期近代。後期近代においては、それだけではなく「科学技術はリスクを生み出すが、その場合のリスクをどう処理するか」というリスクの配分が政治の重要問題として浮上します。

しかし、配分する(すべき)ものである「富」と「リスク」とはまったく性質がちがう。富は経済・政治活動の結果、分布する(階層・階級間で不均等に!)。一方リスクは、基本的には人間の活動とは関わりなく無差別に影響する。どんな人もリスクから自由ではいられない。だが、地域間での不均等配分はありえる。その不均等な配分は政治的な決定である。国内の原発の立地について考えてみてください。あるいは国境を越えて、第三世界(いわゆる発展途上諸国)に有害物質が輸送されることを考えてみてください。そのような地域間でのリスクの不均等な配分は、政治的な帰結なのです。

さて、こうした新たなリスクの登場により、2つの動きが生じます。第1は経済面で、リスクがビジネスになる。いったんこうしたリスクが社会の不安を生じさせると、そこに需要が生まれます。保険というビジネスは「テロ」や環境リスク問題には適用できません。リスクや被害の程度を測定することが極端に難しいからです。リスク不安という需要に対応するビジネスは、たとえば健康食品・自然食品などのビジネスやセキュリティビジネスでしょう。ちなみに「健康」についての考え方はリスク社会化の前後でちがうと思います。以前は「病気になったら病院」でシンプルでしたが、いまは「よりよく健康的であるかどうか」という非常に定義も測定も難しいことをテーマに自己管理を推奨する、リスク不安を煽るビジネスがいろいろあります。たとえば、ダイエット(食事制限・体型管理)ビジネスを考えてみてください。

第2の動きは政治面で、先に述べた後期近代になって出て来たリスク配分という新たな課題を扱わなければならなくなる状況です。高度に発達した科学技術はもともと政治がコントロールする範囲の外だとされていた(本当はそうではないと思うけど)。しかし、リスク配分が課題となった以上、科学技術やほかのいくつかの領域についてまで、政治の守備範囲が広げられる。もともと政治では扱いきれないのにも関わらず、政治の扱う領分は広がる。こうした不確かでどっちつかずの政治的領域を指してベックは「サブ政治」と呼びます。

以上を理解してもらったうえで、講義配布レジュメをもういちど読んでもらえば、理解がすすみ、定着するかと思います。

ベックはドイツの社会学者で、著書『リスクのゲゼルシャフト(邦題:危険社会)』は社会学の本としては例外的ベストセラーとなりました。本を読めば分かるように、ベックはおもに環境リスクについての論者です。この本がヨーロッパで出版されたのは1986年。たまたまですが、同じ年にチェルノブイリ原発事故が発生しました。そういうタイミングのよさ(といえば不謹慎かも)がベストセラーに繋がったのかもしれません。少し前まで、ギデンズと並んで存命の社会学者のなかで、社会学というジャンルを超えてもっとも有名な人のひとりだったのに、残念ながら2015年に亡くなりました。ギデンズが追悼文のなかで、リスク社会という概念の要点を述べています。


参考文献
ウルリヒ・ベック(東廉、伊藤美登里訳)『危険社会:新しい近代への道』法政大学出版局、1998年(原著は1986年)
今田高俊「リスク社会と再帰的近代:ウルリッヒ・ベックの問題提起」、『海外社会保障研究』第138号、国立社会保障・人口問題研究所、pp.63-71、2002年

2017年7月10日月曜日

後期近代とは

例によって「社会学のつかう概念を憶えるには、その対になる概念とセットで」。後期近代はもちろん前期近代と対になる概念。近代(modernity)とか近代化(modernization)がなにかは、ここでは省略。自分で勉強しましょう。

講義でよく言っているのは、工業化(第2次産業)が近代化を牽引していたのが前期近代。それから先は高度消費社会で第3次産業が隆盛する後期近代。目安としては、日本での戦後の高度経済成長期、あれまでは前期近代で、そのあと、バブルを経て現在の成熟と停滞までは後期近代。高度経済成長は、一般に戦後10年の1955年から第1次石油危機の1973年まで。

そうすると、年表の何年から何年までが後期近代かという「正解」を知ろうとする人がいる。調べてみると別の説があって、前期は1980年ごろまでと書いているものもあります、と言う人もいた(こういうことを自分で調べているのはすばらしい)。言う通り、諸説あるかもしれない。何年から何年までというのはあくまで目安だ。第1次産業が牽引するのが前期近代、第3次産業が主になり高度消費社会が実現して以降が後期近代で、前期と後期とで産業構造や社会のモードが変わったのだ、というのが私の説明のもっともコアな部分だから、これを受け取ってほしい。

工業化によって牽引された前期近代の大量生産体制は、社会全体の編成に影響を及ぼした。米国の自動車メーカーの確立した生産体制をもとにグラムシ(Antonio Gramsci)はこれをフォーディズムと呼んだ。しかし、高度消費社会に入って消費者の選好・嗜好の多様化と、それを煽る諸商品の差別化・ブランド化は相互作用で進んでいく。これがポスト・フォーディズムと呼ばれる生産体制だ。旧来の生産体制では実現できない、多種少量生産という新たな体制が求められたわけだ。

以上は、生産体制や消費についてフォーカスした整理だ。別の要点を重く見た整理もある。たとえばギデンズ(Anthony Giddens)が言うには、後期近代は近代の特性である再帰性がさらに徹底された。またベック(Ulrich Beck)は、後期近代に入るとそれまでの産業社会・科学技術と自然との関係が根本的に変化し、不可避で制御不能なのリスクが発生すること、そして基本的に手に負えないにも関わらずリスクの配分に政治が関わることになるリスク社会が到来する、と述べた。このふたりは、後期近代を論ずる代表的な現代の社会学者だ。

2017年4月19日水曜日

インタビューの教訓、いくつか

昨日の3年ゼミでは、インタビュー練習も兼ねて、卒論でなにをするかについて3人1組(聞き手2人、語り手1人)でインタビューしました。あくまで、現時点での卒論テーマを探すインタビュー、そのための課題発見のためのインタビューです。ゼミの場では時間のために言い切れなかったのですが、昨日みなさん自身が言っていたことも含めていくつか教訓があると思い、以下に記しておきます。来週以降に活かしてください。

A.インタビュアー(聞き手)

  • 上からいかない。
  • とにかくまずは「現時点で」思っていることを正直に話せばいいんだな、という気にさせる。インタビュアーが自分のことをいろいろ話すというのもひとつの有効法。
  • ゴールまで直線を狙いすぎた質問を連続させない。卒論の調査テーマについてのインタビューだ、ということはお互い分かっている。スタートは「調査テーマを教えてください」でもいい。しかしそこから先、「なにを調べようとしていますか?」「具体的には何を?」といった詰問調になるのは上手じゃない(上から気味)。もともと現時点では答えるのが難しい質問なのだから。「例えば〜」みたいにインタビュアーのほうから例を出してみるのも有効。
  • [参考]インタビューは、相手によってやり方も変わる。たとえば、聞き手と語り手のあいだの知識・経験に明らかな差がある場合と、ほぼ互角である場合。いまやっているのは後者。
  • 通常のインタビューでは相手の経験や考えを聞くのが目的なので「議論」のようなことはしないが、今回の場合は多少の議論になってもいい。例えば、答えのなかでわからない点があったら尋ねる、相手の話してくれたことにあえて「こういう場合はどう調査するんですか?」などの反問を返す、など。
  • 一方で、ほとんどの場合はまだ卒論についてあまり具体的には考えられていない。迷っていたり困っていたりする場合もあるので、なにが難しい点だと思っているかを聞くのも、課題発見になるのでいいやり方だ。
  • 質問とやりとりを重ねていくことによって、語り手の論点が絞り込まれていく、調査の具体的なポイントが分かっていく、あるいは調査上で無理っぽい点がわかっていく、など最初は語り手のなかではっきりしていなかったものごとが、掘り下げられたり具体化していったりすることが、望ましいインタビューのイメージ。
  • あるていどやりとりがすすんだ時点で、まとめを入れてあげるとお互いに整理される。インタビュアーは、ときどき司会の役目もつとめることになる。

B.インタビュイー(語り手)

  • 上からいかない。基本的にこのセッティングは聞き手のほうが大変。やりとりに貢献しようという姿勢を忘れずに。
  • 難しいコトバを使わない。平易なコトバでかざりのない説明をする。
  • 誰かに言われていること(通説など)と自分の視点や見解とを区別して、どちらも説明する。
  • それらしい答えをなんとなく答えるのではなく、自分が考えたいことを伝わるように説明するようにがんばる。どう答えていいか分からない場合は質問者に、なにについて・どのていど具体的に答えるべきなのか、などその先の展開に貢献する方向の逆質問なら可。
  • 答えに困るのは、勉強していないからというだけではなく、卒論にとりくむ当事者にまだなりきれていないから。当事者スイッチを入れよう。スイッチを強制的に入れるために、どんどん宿題を出してもいいんですが…いまはやめときます(笑)。
  • 分かってるフリ、知ってるフリのような体裁を整えるのはまったくムダ。むしろ分かっていない点をはっきりさせる、無理な点をはっきりさせる、どこに絞ればいいかをはっきりさせることだけが重要。

2017年3月9日木曜日

外部との関係で考える小社会の近代化

2017年度前期の農村社会史は、半分は日本の東北地方の、もう半分はどこか外国の農村のおはなしを題材に勉強していきます。参考図書は以下の2点です。ほかのものはその都度、紹介あるいは配布します。


農村は、ひとつのちいさな社会です。〈社会〉を考えるには、とてもよい題材です。まず、農村社会のなかでは、どのような社会関係が成り立っているのか。また、農村のなかではどのような農業が営まれているのか。農業と人づきあい(社会関係)にはどのような関連があるのか。そこを考えていくことで〈社会〉を理解していくことができます。

また、どんな社会もその〈外部〉との影響関係のもとに成り立っています。つまり、農村社会もそこに生きる人びとも、経済や政治、政策の影響のもとにあります。一般的に、前近代---近代化の始まる前までは、こうした外部との関係がきわめて少なく、近代化の過程で影響関係が大きくなっていく。ここで重要になってくるのがmobility、つまり移動性です。移動性が高まると、人・モノ・情報の移動が起こりますが、農村-都市間の関係で言えば、前期近代では、一般的には人は農村部から都市部に(向都離村)、モノと情報は都市部から農村部に移動します。

このように、小さな社会とその近代化について考えていくことが、農村社会史のベースにある大テーマなのです。詳細は、第2回以降の講義で明らかになるでしょう。

実際の講義内容はシラバスからかなり変更するところがあると思いますが、進行はシラバスのとおり、1回文献講読をしてその次の1回は議論、この2回1セットの繰り返しです。

2017年3月1日水曜日

文献の勉強のしかた

これは論文を書くときの難関のひとつですが、基本的に以下の3つだけです。

① 文献をみつける
② 内容を読解する
③ 自分の関心との関係をはっきりさせる

①は、以前に紹介したように、webサイトを使っていくらでも探すことができます(例1例2例3)。でも、安易にやっていてもみつかりません。まず、検索語は? 

検索語の見当をつけるには、自分の関心につながるものごとをkey wordにして把握しておけばやりやすくなります。最初は、みんな調査対象(見たいモノ、取り上げたいトピック。例:「ゲーム」「ファッション」)で検索しがちです。本来は「テーマ」(そのモノやトピックを通して考えたいこと)で検索すべきなのですが、はじめからテーマを把握している人はほとんどいないからです。

ここには、卒論ゼミで最初に挙げられた関心ある対象と、主題的関心、それに合った調査法との関係を記しています。最初に浮かんだ対象やトピックをみることを通して、考えたいことはなにか、難しく考えないで、言葉にしてみてください。

たとえば、農産物直売所への出荷は、出荷者さんにとって農協への決まった品目の大量出荷と違って、自分の目の届くコントロール範囲内で回っている小さな商いです。何を出すか、いくらの値段で出すかも出荷者さんが決めます。こうした小さな商売の面白さとはなんだろうか?

ということに、漠然と興味があったとします。もちろんこれも最初は「直売所ってスーパーと比べてなんか独特、でもなにが独特なんだろう」というようなもっと漠然とした直感かも知れません。さて、検索語はなんにしますか?たいていの人は「直売所」(=対象)でサーチします。最初はそれでいい。しかし、かりにそこで、全国の直売所の売り上げや店舗経営についての論文が続々とヒットしたとしましょう。

ここで注意。ヒットした論文を片っ端から読んでいくほど時間は無限ではありません。論文のタイトル、key words、アブストラクト(要約、摘要)があり、それらだけをチェックして自分の関心とマッチするかどうかを点検していきます。このとき、なにかある(気になる!)と思った内容やkey wordsは手もとのメモに残しておきます

さて、しかし直売所の「経営」には関心のポイントはありません。そこで、例えば出荷者さんの目線での直売所の商いが「対面性」や「記名性」に基づくものだと気づくかもしれません。農協に出荷して終わりではなく、自分の商品を買う人と対面したり、商品には自分の名のラベルが貼られていたりします。ヒットした論文のなかから、そうした関心にかするものがあれば、そこから話はすすみます。少ししか見つからないとしても、それは他人の見つけていない鉱脈をみつけたということかもしれません。

まったくみつからない場合、2つの対策が考えられます。その第1。「対面性」や「記名性」にもとづいた小さな商売という同等の要素をもった、直売所とはちがう対象(社会現象)をさがしてみましょう。たとえば、フリーマーケット(蚤の市)はどうでしょうか。フリーマーケットを検索語にして、論文を検索してみます。そして上のことを繰り返します。良さそうだと思った論文をみつけたら、同じ著者によって書かれた別の論文もチェックしましょう。

その第2。論文検索からいったん離れて、おなじ検索語で(論文に限らない)web全体の検索をしてみる。もちろん全体はおそるべき玉石混淆なので、そのさいは大学(ac.jp)や行政(go.jp)のページにとくに注意しましょう。そうすれば、世の中で、自分のみようとしている対象がどうみられているかを掴むことができますので、ここでもkey wordsをメモっていきます。

こうした作業を繰り返せば、だんだん自分が直売所という「対象」を通して考えたい「テーマ」へのヒントが集まってきます。そうするとしめたものです。

②の論文の読みかたについては、別のところで書きましたので、ここでは省略。ここで言いたいことはひとつ。論文は1本だけではなく、最低3本は用意して読みましょう。

③の自分の関心との関係について。じつはここがいちばん重要なのですが、お分かりのように、この作業はすでに①の段階から手をつけています。みなさんには②の作業量を減らすために①と③をしっかり意識してもらいたい。

自分の関心と、まったくおなじ論文はないと思ってください。みつけた論文のなかでも、どこか自分の追求・深堀りしたいところとは少しずれていたりする場合がほとんどです。まず、どこがちがうかを、メモ・ノートしながら読んで、コトバで掴むようにしてください(ここも参考)。

自分の関心に忠実に、独自のデータをもとにして人を説得していくのが論文です。すでにある論文が似たようなものごと(対象)や関心(テーマ)を扱っているものだとしても、自分が追求したいこととはちがう。とすると、残りは「では、自分独自の関心や目のつけどころ、調査方法などが、なぜ重要なのか」を説明することです。これはやがて「研究の目的」につながっていきますが、ここから先は、ゼミで議論しないと難しいところでしょう。

2017年2月14日火曜日

もし、大学院入学希望(かもしれない)なら

大学卒業後に、就職ではなく大学院に進学するということも、選択肢のひとつです。一般に、人文社会系の大学院は進んでも就職はよくならない、と言われます。目的意識がなければ、そのとおりです。が、ちゃんと自分なりにねらいや戦略があれば、その限りではありません。まず、早めに相談を。4年生の秋以降では、遅いです。

大学院の勉強は特別難しいか。かなり頭がよくなければ大学院はやめたほうがいいのか?そんなことはありません。これは過去に私が学生に言ったことがあるのですが、もっとも必要なのは、社会にまつわるなにかを分かりたいという関心と、それを形(原稿)にしたいという欲と、長期的に取り組む根気ないし根性です。頭の良さなどよりこれらのほうが確実に重要。

大学院(修士課程)の2年間は、案外あっという間です。文献を読んだり、調査をしたり、論文を書いたりということは、どれも時間のかかることです。みなさん卒論に取り組むにも、本気モードになってから最低でも半年はかかったはずです。修論は、その倍以上かかると思ってください。だから、時間やお金・労力のやりくりができることも大事かもしれません。

2017年2月11日土曜日

整理しなおして書き直すとき

卒論・レポートなど、長い文章を書き上げても、なんとなく内容が整理されていないとき、作文の推敲レベルを超えて、もういちど整理しなおして書き直す必要が出てきます。論文形式の文章を整理しなおしながら書き直すときには、パラグラフ・ライティングを意識して構成を組み直すと整理されます。

ひとまず、以前にも挙げた、以下の参考文献の該当箇所に目を通してください(実習室にあります)。

  • 倉島保美『論理が伝わる世界標準の「書く技術」』講談社ブルーバックス、2012年(pp.26-32)

だいたい、パラグラフ・ライティングについて分かりましたね?では、自分の書いた原稿のファイルを開きましょう。

まず、目次をみます。なんども言っているように、論文にとっての目次はページ数を知らせるためだけのものではなく、構成を示すものです。各章のタイトル、各章内の各節のタイトル。それらをみながら、自分で全体の流れをきちんと他人に対して説明できるでしょうか。

次に、各章には、リード文は書かれていますか?リード文とは、その章に書かれてある内容を要約してある文章で、各章の冒頭1-2段落分をこれにあてます。リード文の内容は、読者にとってわかりやすいでしょうか?各節も同様です。冒頭のリード文でその節で述べることをあらかじめ示します。リード文の役割は、あらかじめ要約を示すことによって、全体のなかのその章、その章のなかのその節の果たす役割を読者に示すことなのです。

この時点で、リード文がこころもとなければ、書き直す作業をしてもよいかもしれません。しかし、卒論の整理されなさは、リード文がしっかりしていないことが原因なのか、その章や節のリード文のあとの中身のほうが整理されていないことが原因なのかは、まだ分かりませんので、リード文をまず直せばいいかどうかは、その先の中身をみてからのほうがよさそうです。

さて。論文全体の構造は、全体>章>節>項となっており、章以下はたとえば、1>1−1>1−1−1などのように表されます。これらより小さな単位がパラグラフと考えればいいでしょう。目次の段階では、節か項のレベルが最小となっており、それ以下の単位は表れていません。なので、論文の内容が整理されていないのは、パラグラフがまだはっきりしていないからではないかということが考えられます。

そこで、以下の作業をやってみましょう。

(1)トピックを探し、パラグラフに分けてみる
(2)パラグラフごとに、パラグラフライティングをすすめる
(3)(2)の作業で、そのパラグラフから除外される文章が出てくるので、それらを章節のなかに再編入する、具体的には別パラグラフを立て、そのなかでの作文を考える

私の考えでは、(1)ができれば、それぞれのパラグラフで扱うトピックは分かっているはずであり、その先にある(3)の工程も想定しておれば、作業自体はすすむのではないかと思います。

これらの作業が難しい場合が出てくるかもしれません。その場合は、その原因を自分で考えてみましょう。

たとえば、

A)そもそもトピックの数が多く(小トピックの乱立状態)、比較的大きいトピックと比較的小さいトピとに分けることに四苦八苦している。しかも、各トピックが小さいためトピ毎の情報量が少なく、パラグラフ・ライティングが適用しにくい。

そういう状態なのかもしれません。それはやはり、自分の頭のなかでKJ法的に、小トピックのカードをまとめた中トピックの島を作り、その島に表札(トピック名)をつけるという作業をしてみることが打開策かもしれないですよね。

B)トピック毎のデータと説明内容はイメージできるのだが、どのような順番で説明をおこなえばいいのか分からない。パラグラフの冒頭にある「要約文」は書けるのだが、その後の複数の説明の文の順番の組み方が分からない。

もしかすると、そういう状態かもしれません。この場合は、要約文の内容と、その後に書かれてある文章にふくまれる情報とに不一致がないかチェックする。不一致のある場合には取捨選択をおこない、メインのものを優先するべき。要約文の内容をよく分析し、ここでは何を優先して書き、優先する情報に附属する情報がなにかという説明の優先順位をはっきりさせる(そして、おそらく要約文の内容自体も補足することになる)。

難しいですか? ならばもういちど、各章のリード文をみなおしてみてください。そしてまず、各章リード文をつなげて読んでみると、卒論全体の展開(流れ)、つまりどんな問い(目的)を立て、そのような着目点で、どのような調査をして、最初の問いに対するどのような着地点を得ているのかが分かるようになっていますか?

もしそれが分かるのだとすれば、全体のなかで各章の果たす役割が、分かるはず。

そうしたら次に、章内の各節の冒頭の段落(リード文)も作りなおしてみましょう。とくに4部構成のうちの「本体」部分については、節レベルまでリード文を作ればいいと思います。各章内の各節のリード文をつなげて読んでみましょう。そうすると、各章全体のなかでの各節の役割もわかるようになるでしょう。

次はパラグラフです。各節内の各パラグラフの冒頭の要約文をつなげて読んでみましょう。そうすると各節全体のなかでの各パラグラフの果たすべき役割がわかるはずです。そこまで分かれば、おそらく各パラ要約文につづく説明の文の順番組みも分かってくるのではないでしょうか。

論文のなかみを整理し直し、書き直すということは、このように全体と部分とを何回も往復してなされるべき作業です。こうした作業をへて出来上がった論文は、強度のあるものになります。


###
注記: 念のために言っておくと、ここで言う「パラグラフ」は日本語で言う「段落」とはちがいますからね。この点あいまいな人は上記文献の該当箇所を読み直し。