先週、大学院「地域社会学」の課題に出した文献『発展する地域 衰退する地域:地域が自立するための経済学』の著者ジェイン・ジェイコブズ[1916-2006]は、社会学者ではありません。また、本のタイトルには「経済学」とありますが、経済学者でもありません。さらに言えば、じつは学者でもありません。どちらかといえばジャーナリストとかアクティビスト(社会運動家)に近い人です。
詳しくはここにもありますが、かの女は最初雑誌・新聞の編集者として働いていました。社会運動家としては、都市の再開発についての異議申し立てで有名になります。たとえば、NYCで計画されたハドソン河とイーストリバーをつなぎ、両河川にも架橋するマンハッタン横断高速道路(Lower Manhattan Expressway)計画の着工を阻止したこと。市当局はこれによって「スラム」と呼ばれる地区の再開発を狙っていました。計画が頓挫したあと、この「スラム」地区はソーホー(South of Houston)と呼ばれるアート系人材や社会運動家などが住む場所として知られるようになったのです。
→しかしさらにのち、文化的価値の上昇したソーホーは、地価が高騰して現在は高級住宅(アパートメント)街となっています。これがいわゆるジェントリフィケーションの先駆です。
→しかしさらにのち、文化的価値の上昇したソーホーは、地価が高騰して現在は高級住宅(アパートメント)街となっています。これがいわゆるジェントリフィケーションの先駆です。
このように、ジェイコブズの守備範囲は、大きく言えば「都市計画」です。都市の空間的なデザイン、商業(経済)的な機能などを、現実生活を暮らしている住人にとってどうかという視点で論じているのが、かの女の書いたものの魅力です。だから、かの女の書いた本は、なにを勉強するということではなく、都市地域に生活する者として共感するかどうか、どこに共感できるか、という点のほうが大事だと思っています。
かの女は、日常生活で歩いたり自転車でうごく範囲、つまり生活圏がどのようであったら都市は住人にとって心地よく暮らしやすいかについて、観察に基づいた具体例を示しながら提案します。私が共感した本と箇所は、同じところに共感する人は多いようで、有名な箇所です。1961年に書かれた『アメリカ大都市の死と生』の第8章〜11章に記されている、都市が活き活きするための4つの条件で、①空間用途の重層(複合)が多くあること、②短く角を曲がる機会の多い街区(ブロック)、③新しい建物と歴史ある旧い建物とが共在する風景、④高い人口密度、を挙げているくだりです。(以下、原文。ここに訳文も載ってます。)
- Condition 1: The district, and indeed as many of its internal parts as possible, must serve more than one primary function; preferably more than two. These must insure the presence of people who go outdoors on different schedules and are in the place for different purposes, but who are able to use many facilities in common.
- Condition 2: Most blocks must be short; that is, streets and opportunities to turn corners must be frequent.
- Condition 3: The district must mingle buildings that vary in age and condition, including a good proportion of old ones.
- Condition 4: The district must have a sufficiently dense concentration of people, for whatever purpose they may be there. This includes people there because of residence.
いま見返しても、いやー正しいよなあ、と思うのです。これはそのうち、時間があれば話し合いたいことがらです。
今回の『発展する地域 衰退する地域』は、そんなかの女が書き残した本ですが、経済学がGNPのような数字で各都市の経済規模・豊かさの指標を示しているのに対抗して、各都市やその近郊・近隣農村の人びとの経済活動がどのようであるか、そしてその連携や役割分化がどのようになされているかによって都市の経済のあり方が決まっていく、ということについて述べたものです。みなさんは、将来どんな都市(あるいは農漁村)に暮らしたいですか?そして、それを考えるときに、なにを基準にするのでしょう?
地域社会学の講義では、一方でおもに制度とその運用の社会的効果について学ぶ文献(地域福祉、子育て・教育、まちおこし、分権化)を読み進め、各トピックについて考えていきます。もう一方で、もう少し別の視点・全体的な視点、しかも生活する住民からの視点で地域をみるとどうなるかを考えるために、ジェイコブズの本を用意したわけです。詳しくは、次回の講義で議論しましょう。
参考文献
Jacobs, Jane[1961→1992]The Death and Life of Great American Cities, Vintage Books(訳書あり)
ジェイコブズ、ジェイン(中村達也訳)[1984(1986→2012)]『発展する地域 衰退する地域:地域が自立するための経済学』、ちくま学芸文庫
塩沢由典ほか編[2016]『別冊 環 22:ジェイン・ジェイコブズの世界』、藤原書店